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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2999号 判決

控訴人(原告) 株式会社あさひ銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 篠崎芳明

同 小川秀次

同 金森浩児

同 小川幸三

同 小見山大

同 寺嶌毅一郎

同 杉山一郎

被控訴人(被告) 株式会社ミストラル

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 平岩敬一

同 松延成雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が平成八年一二月二六日有限会社マサミ・プラザとの間でした原判決別紙第一物件目録記載の不動産についての売買契約を取り消す。

三  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙第一物件目録一記載の不動産について原判決別紙登記目録一及び二記載の各登記の、同物件目録二記載の不動産について同登記目録三及び四記載の各登記の、同物件目録三記載の不動産について同登記目録五及び六記載の各登記の、同物件目録四記載の不動産について同登記目録七及び八記載の各登記の、同物件目録五記載の不動産について同登記目録九及び一〇記載の各登記の、同物件目録六記載の不動産について同登記目録一一及び一二記載の各登記の、同物件目録七記載の不動産について同登記目録一三及び一四記載の各登記の、同物件目録八記載の不動産について同登記目録一五及び一六記載の各登記の各抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

控訴棄却

第二事案の概要

一  Cは、有限会社マサミ・プラザ(有限会社マサミ)の代表者であった。控訴人銀行はCに対し、Cは有限会社マサミに対し多額の貸金債権を有していた。本件は、有限会社マサミが不動産業及び金融業を営む被控訴人に対し原判決別紙第一物件目録記載の不動産(本件第一不動産)ほかの不動産を売り渡し、本件第一不動産について原判決別紙登記目録記載の各登記(本件登記)を経由したことにつき、控訴人が、Cを代位して、主位的に、有限会社マサミと被控訴人との間の本件第一不動産についての売買契約(本件売買契約)は通謀虚偽表示であると主張し、有限会社マサミの所有権に基づき、本件登記の抹消登記手続を求めるとともに、予備的に、本件売買契約は詐害行為に当たると主張し、Cの詐害行為取消権に基づき、本件売買契約の取消し及び本件登記の抹消登記手続を求めた事案である。

原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。なお、控訴人は、当審において、詐害行為取消権の代位行使のみを主張した。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

原判決は、詐害行為について被控訴人が善意であると認定したが、これは事実を誤認したものである。

Cと有限会社マサミとは実質的に同一であったから、被控訴人がCと有限会社マサミが実質的に同一であること及びCが無資力であることを認識していれば、有限会社マサミの無資力も認識していたというべきであり、被控訴人が詐害行為について善意であったとはいえないものである。

そして、被控訴人がCの無資力を認識していたことは、次のことから明らかである。

被控訴人は、「街金」といわれる無届けで貸金業を営むものであるから、本件売買契約当時、Cが街金業者に対し多額の債務を負っていることを知っていたはずである。

被控訴人は所有権移転登記を受ける前に代金一億七五〇〇万円のうち一億一〇〇〇万円を支払ったというが、当時のCの経済状態、Cと被控訴人の面識の程度等からすれば、あり得ない話であり、被控訴人が支払ったとする現金が存在したかも疑問である。被控訴人が平成八年一二月二五日に手付金一億一〇〇〇万円を支払ったとは認定できないものである。また、被控訴人は、本件売買契約の残代金を平成九年三月三一日にCに支払ったというが、本件売買契約は有限会社マサミとの間で締結されたものであり、Cは右時点ではすでに有限会社マサミを売却しており、被控訴人もそのことを知っていたのであるから、Cに残代金を支払ったというのも不自然である。

有限会社マサミは、マンションの賃貸業者である。そうであるのに、その所有する賃貸物件を一括して売却してしまうのは不自然である。そのような不自然な取引をするのは、経営状態が健全でないからであり、相手方である被控訴人も有限会社マサミの経営状態が悪化していることを知り得たものである。また、主として金融の斡旋を業とし、マンションの賃貸業は行っていなかった被控訴人が、マンションを一括して買い受けるのも不自然である。このような取引をする目的は、債権者を詐害することにあり、これらの事実からみて、被控訴人が詐害行為について善意であることは立証されていない。

(被控訴人の当審における主張)

1 本件売買契約の代金は、Cの債務の支払に充てられており、そのことにより、有限会社マサミのCに対する債務が弁済されたと評価することができるのであるから、本件売買契約にはCとの関係では詐害性はない。

2 Cは、本件売買契約を自ら行ったのであるから、本件売買契約につき詐害行為取消権を事前に放棄している。そうでないとしても、Cが詐害行為取消権を行使するのは信義則に違反し、権利の濫用である。

3 Cが有限会社マサミに有していた貸金債権は、決算報告書によれば約七〇〇〇万円程度であるが、本件売買契約の代金はCの債務の支払に充てられたのであるから、Cの有限会社マサミに対する貸金債権は完全に消滅している。したがって、Cは有限会社マサミの債権者ではなく、詐害行為取消権を有さない。

4 Cと有限会社マサミとを同一視することはできず、本件は、有限会社マサミが行った売買契約につきCが詐害行為取消権を有するかどうかとの点から検討すべきである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の詐害行為取消権の代位行使に基づく請求は理由があるものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  事実の経過

〈証拠省略〉によれば、本件の事実の経過として、次の各事実を認めることができる。

(一) 控訴人銀行は、Cに対し、昭和六三年から平成二年にかけて、次のとおり六回にわたり、不動産の購入資金等として総額一九億五七〇〇万円を貸し付けた。

(1) 昭和六三年九月二八日 二億円

(2) 同日 一〇億円

(3) 平成元年五月八日 一億円

(4) 同年一〇月一八日 三億七七〇〇万円

(5) 平成二年四月一三日 一億〇八〇〇万円

(6) 同日 一億七二〇〇万円

(二) Cは、昭和六〇年一一月に、マンションの部屋等を所有しこれを賃貸することを業とする有限会社マサミを設立したが、控訴人銀行から借り受けた(一)の資金の大半(総額一六億五一五五万六四〇〇円)を、次のとおり有限会社マサミに貸し付けた。

(1) 昭和六三年九月二八日 八億九四五五万六四〇〇円

(2) 平成元年五月八日 一億円

(3) 同年一〇月一八日 三億七七〇〇万円

(4) 平成二年一〇月一八日 一億〇八〇〇万円

(5) 同年一一月二七日 一億七二〇〇万円

(三) Cは、控訴人銀行から借り受けた資金をほぼそのまま有限会社マサミに貸し付けたため、控訴人銀行に対する利息の支払や元金の返済は、有限会社マサミがCに対して行う利息の支払や元金の返済による金銭で行われることになっていた。

平成八年一二月の時点において、控訴人銀行はCに対し、残元金一八億一三九九万円の貸金債権を有していた。また、元金返済の据置期間が過ぎたため、平成七年五月からは、Cは控訴人銀行に対し、一か月に元利金の分割返済金として合計一二一九万円を支払う必要があった。

一方、Cは有限会社マサミに対し、残元金約一六億円の貸金債権を有しており、有限会社マサミはCに対し、一か月に元利金の分割返済金として少なくとも一〇〇〇万円余は支払う必要があった。

(四) 有限会社マサミの平成八年一月三一日時点の決算報告書によれば、同社の資産の額は約一五億円、負債の額は約一八億円であり、債務超過の状態にあった。

それのみならず、有限会社マサミは、一年間の営業利益が約四〇〇〇万円にすぎなかったにもかかわらず、(三)のとおり、Cからの借入金についてだけでも、一か月一〇〇〇万円余(年間では一億二〇〇〇万円余)の分割返済金を支払う必要があった。このようにC及び有限会社マサミの事業は、倒産必至の状態にあった。

(五) Cは、平成八年一二月の時点において、控訴人銀行のために極度額二〇億一一〇〇万円の根抵当権が設定されている、時価約三億九二〇〇万円程度の原判決別紙第三物件目録一七ないし二〇記載の不動産を所有しているほかは、有限会社マサミに対する貸金債権約一六億円が唯一の資産であった。

また、有限会社マサミは、控訴人銀行のために極度額九億二五〇〇万円の根抵当権が設定されている、時価約一億六四〇〇万円程度の原判決別紙第三物件目録一ないし一四記載の不動産を所有しているほかは、本件第一不動産と原判決別紙第二物件目録記載の不動産及び目黒区所在のマンション○○苑七一七号室、新宿区所在の△△四一四号室(以下「本件第二不動産」と総称する。)が唯一の資産であった。

以上のように、本件第一不動産及び本件第二不動産は、Cの有限会社マサミに対する約一六億円の債権の引当てであるが、C自体が債務超過の状態にあったため、そのような不動産の引当てがあるCの有限会社マサミに対する約一六億円の債権が、控訴人銀行のCに対する約一八億円の貸金債権の引当てとなっていた。

(六) 被控訴人は、金融の斡旋、不動産の賃貸等を業とする会社であるところ、平成八年一二月二五日付けで、有限会社マサミと被控訴人との間で、本件第一不動産及び本件第二不動産について代金合計一億一〇〇〇万円、代金の支払方法は、契約締結時に六〇〇〇万円、平成九年三月三一日に五〇〇〇万円を支払うとの内容の売買契約書が作成された。同時に、Cの妻が代表者を務める有限会社宏栄と被控訴人との間で、八件の不動産について代金合計六五〇〇万円、代金の支払方法は、契約締結時に五〇〇〇万円、平成九年三月三一日に一五〇〇万円を支払うとの内容の売買契約書が作成された。

(七) 被控訴人は、平成八年一二月二五日、司法書士に対し、(六)の売買対象物件について被控訴人への所有権移転登記手続を委任した。

有限会社宏栄が所有していた不動産については、登記済権利証があったため、平成九年一月六日受付をもって、平成八年一二月二六日売買を原因とする被控訴人への所有権一部移転登記等が経由された。しかし、本件第一不動産及び本件第二不動産については、保証書で登記の申請がされたため、一物件を除き平成九年一月二四日又は同月二七日受付をもって、被控訴人への所有権一部移転登記等が経由された。

被控訴人への所有権移転登記は、登録免許税を節税(実質は脱税というべきものである。)するため、売買を原因とする有限会社マサミ又は有限会社宏栄の所有権一部移転登記及び共有物分割を原因とする有限会社マサミ持分全部移転登記又は有限会社宏栄持分全部移転登記という方式が採られた。

(八) 平成八年一二月二七日付けで、CとDとの間で、Cは有限会社マサミをDに譲渡する、Dは有限会社マサミの出資口数を代金一五〇〇万円で買い受けるとの内容の「法人売買契約書」が作成され、右契約書には、Dが契約上の権利を東京マネー興業有限会社(東京マネー)に譲渡することが付記された。同日、有限会社宏栄についても、同様の契約書が作成された。

また、同日、Cが平成八年一二月二六日に有限会社マサミの代表取締役及び取締役を辞任し、妻のEも有限会社マサミの取締役を辞任し、Fが取締役に就任したとの登記がされた。

その後、有限会社マサミは、平成九年一月一八日、賃貸している不動産の管理業務等一切を東京マネーに委託するとし、営業活動を停止した。有限会社マサミが賃料の受領等を東京マネーに委託したことは、控訴人銀行ら債権者が賃料に対し物上代位により差押えを行うことなどを困難にすることを目的としたものであった。

(九) Cは、平成九年一月一三日、有限会社マサミとは別に経営していた電気機器等の販売会社である株式会社三和電機の営業もやめ、妻とともに当時の住居を離れ、控訴人銀行ら債権者に対し身を隠した。しかし、被控訴人とは連絡をとっていた。

原審における証人尋問時(平成一〇年九月)においても、被控訴人はCに連絡がとれるものの、Cは裁判所に対しその住所を明らかにしなかった。

(一〇) Cは、控訴人銀行に対して、平成八年一二月二七日に支払うべき分割返済金を支払ったが、平成九年一月二七日の支払を怠った。

異変に気付いた控訴人銀行は、本件第一不動産及び本件第二不動産の仮差押えを申し立て、同月二八日に仮差押命令を得たが、被控訴人へ登記が移されていたため、仮差押えは効を奏さなかった。

控訴人銀行は、平成九年一二月、有限会社マサミの不動産等について競売を申し立て、競売手続が開始された。

(一一) 被控訴人は、平成九年三月から同年六月までの間に、有限会社マサミ又は有限会社宏栄から買い受けたとする二四件のマンションのうち九物件を売却し、その後平成一一年五月までの間にさらに六物件を売却した。右合計一五物件(これには本件第二不動産すべてが含まれている。)の売却代金は一億五三〇〇万円であった。

2  被控訴人の代金支払の有無について

(一) 原審及び当審において被控訴人代表者は、平成八年一二月二五日には売買代金のうち一億一〇〇〇万円を、平成九年三月三一日には残金の六五〇〇万円をいずれも現金で支払ったと供述し、原審証人Cも、支払を受けたと証言する。また、有限会社マサミ名義の平成八年一二月二五日付けの六〇〇〇万円の領収証(乙二)及び平成九年三月三一日付けの五〇〇〇万円の領収証(乙三)並びに有限会社宏栄名義の平成八年一二月二五日付けの五〇〇〇万円の領収証(乙五)及び平成九年三月三一日付けの一五〇〇万円の領収証(乙六)が存する。

しかし、次の各点に照らすと、右の被控訴人代表者の供述やCの証言は信用することができない。また、領収証も、代金支払の証拠とはならないものである。

(二) 支払ったという代金合計一億七五〇〇万円の原資に関し、被控訴人代表者は、そのうち八〇〇〇万円は、賃貸借の保証金八〇〇〇万円の返還を平成八年八月一日に受けたので、これを貸金庫に保管していたと供述する。しかし、八〇〇〇万円もの金銭を数か月も貸金庫に保管していたというのは、不自然というほかない。また、残りのうち三〇〇〇万円について、被控訴人は、原審においてはその出処を明らかにしなかった。当審において同業者である株式会社藤吉からの借入金であると主張してはいるものの、原審で出処を明らかにしなかった点で不自然さが残る。そして、残金六五〇〇万円の出処について、一、二審で被控訴人の説明の内容が異なっているのも、不自然である。

被控訴人のように、不動産や金融を業とする会社では、年間の金銭の出入りは、数え切れないほどあるのが通常である。少なくとも経営者が記憶しておけるほどの数ではない。しかも、金銭の出入りだけではなく、日付・使途その他の必要な情報も、後々のために残しておかねば、経営判断自体に支障が生じる。それ故、これらの情報を記録する手段として、通常は、帳簿が備え付けられるのであり、法規にのっとった正規の帳簿がなくても、それに代わる記録があるものである。被控訴人が真実このような多額の金銭の支払をしたというのであれば、被控訴人として帳簿に記載したり、これに代わる記録をしないはずはないのであり、被控訴人から裁判所に対して帳簿や記録の片鱗さえも提出されないのは、被控訴人の主張する支払があった事実に多大の疑問を持たせるものである。

(三) 次に領収証についてみると、平成九年三月三一日付けの領収証(乙三)では、有限会社マサミの代表者は、すでに交代していたはずであるのに、Cになっている。また、Cが有限会社マサミの出資口数を売却したことにより相手方に交付したはずの代表者印が押捺されている。

Cは、代表者印について、長男に一つ持って行かれてもいいように、代表者印は同じものを二つ作った、一つは法人売買の相手に交付し、一つは今でも自分が保管しているとの陳述書(乙一九)を提出する。しかし、その内容自体極めて不自然で信用できない。Cは、証人尋問の際はそのようなことは一切供述していなかったのである。

以上みたところから明らかなように、代金の領収証には証拠価値を認めることができない。

(四) 原審証人Cは、被控訴人から受け取った一億一〇〇〇万円から債権者であるHに四〇〇〇万円、債権者であるIに五〇〇〇万円を返済したと供述している(もっとも、あいまいな供述ぶりである。)。そして、Hに対する金銭借用証書〈証拠省略〉及びIに対する金銭借用証書〈証拠省略〉が提出されている。

しかし、これらの借用証書は、弁済期、利率、遅延損害金の率が記載されていないなど杜撰な印象が否めない、そして、金銭借用証書に押捺されている有限会社マサミの印鑑は、Cの陳述書(乙一九)によれば平成八年一一月に作成したという印鑑である。右陳述書の記載を信じるとすれば、Hに対する金銭借用証書がその日付(平成八年八月五日及び九月五日)に作成されるはずはなく、これらの証書記載の貸借の存在自体に疑問を生じる。

それに、〈証拠省略〉によれば、CのIからの借入れは、平成九年一一月一五日から同年一二月一〇日までの間に合計一億八〇〇〇万円に及ぶというものである。ところが、このように多額の金銭を何に使ったのかは全く不明である。このことからして、金銭消費貸借の存在は疑わしい。原審証人Cは、Iからの借入金について不動産の売買代金で足りない分は自分の金をかき集めて返したと供述するが、債務超過の状態にあるCが簡単に返せるような金額ではないことは明らかである。

以上の点からすると、真実、Cとその債権者と称する者との間に金銭消費貸借契約があったのか自体疑問であるといわざるを得ない。

(五) 以上のとおりであって、被控訴人主張の売買代金の支払については、その原資の存在、金銭の交付そのもの及びその使途のいずれについても、多大の疑問があって、これを認めることは困難であるといわざるを得ないものである。

3  詐害行為の成否

(一) 1で認定したとおり、有限会社マサミは、平成八年一月三一日時点において債務超過の状態にあり、その後、その状態が改善されることはなく、同年一二月時点においては、Cに対する借受金の分割返済金の支払に窮していた。そして、有限会社マサミには本件第一不動産及び本件第二不動産以外にめぼしい財産はなかった。したがって、本件第一不動産や本件第二不動産が他に売却されれば、有限会社マサミの一般財産を減少させることは明らかであった。右の点は、有限会社マサミの代表者であったCは当然知っており、本件第一不動産や本件第二不動産の売却によって、自らの有限会社マサミに対する債権の回収をおぼつかなくさせることも認識していた。

したがって、本件売買契約は、有限会社マサミの債権者にとって詐害行為に当たることは明らかである。

(二) 被控訴人は、本件売買契約の代金は、Cの債務の支払に充てられており、そのことにより、有限会社マサミのCに対する債務が弁済されたと評価することができるから、本件売買契約にはCとの関係では詐害性はないと主張する。

しかし、2で認定したとおり、本件売買契約の代金が支払われた事実を認めることはできず、また、Cの債務が弁済された事実も認められないのであって、被控訴人の右主張は、その前提を欠くものである。

4  被控訴人の善意について

原審において被控訴人代表者は、本件売買契約に先立ち、Cや有限会社マサミの信用調査はしておらず、有限会社マサミは通常の経営状態にあると認識していた、借金で苦況にあるとは知らなかった旨供述する。

しかし、1で認定した事実の経過のとおり、平成八年一二月には、Cは、有限会社マサミのオーナーであることをやめるばかりでなく、有限会社マサミを有名無実の会社にしてしまうために「法人売買」等を計画し、それと同時に本件第一不動産や本件第二不動産を有限会社マサミから流出させることを計画していたのである。Cが債権者から身を隠した後も連絡をとっていた被控訴人がそのような計画を知らなかったとは考えられない。現に、甲二四によれば、被控訴人代表者が、有限会社マサミの法人売買にも関与していたことは明らかである。

また、2でみたとおり、売買契約における代金の支払に関する被控訴人代表者の供述は、およそ信用することができないものである。

したがって、被控訴人代表者の前記供述も信用することはできない。

本件において、被控訴人の善意はこれを認めることができない。

5  被控訴人のその他の主張について

(一) 被控訴人は、Cは本件売買契約を自ら行ったのであるから、本件売買契約につき詐害行為取消権を事前に放棄しているか、そうでないとしても、Cが詐害行為取消権を行使するのは信義則に違反し、権利の濫用であると主張する。

しかし、前述のとおり、Cの有限会社マサミに対する権利は、被控訴人主張の詐害行為取消権を含めて、控訴人銀行のCに対する債権の引当てになっていたものである。そして、そのことを、被控訴人も知っていたものと認められる。そうであれば、Cが、仮に被控訴人に対して詐害行為取消権を放棄したとしても(放棄した事実を認めるべき証拠はないが)、その効力を認めることはできない。そして、本件で詐害行為取消権を行使しているのは、Cではなく、その債権者である控訴人銀行である。しかも、有限会社マサミの財産を引当てとするCの債権は、控訴人銀行の債権の引当てとなっており、Cは、自己の債権を回収してもそれを控訴人銀行に回収されてしまう立場にあったのである。したがって、Cと控訴人とを同一視することはできず、控訴人による詐害行為取消権の行使が、被控訴人との関係で信義則違反や権利の濫用になるものではない。

(二) 被控訴人は、Cが有限会社マサミに有していた貸金債権は、決算報告書によれば約七〇〇〇万円程度であるが、本件売買契約の代金はCの債務の支払に充てられたのであるから、Cの有限会社マサミに対する貸金債権は完全に消滅しており、Cは詐害行為取消権を有さないとも主張する。

しかし、Cが有限会社マサミに有していた貸金債権が約一六億円であることは1で認定したとおりである。また、本件売買契約の代金がCの債務の支払に充てられたといえないことも2のとおりである。Cは、有限会社マサミの債権者であり、詐害行為取消権を有する。

当審における被控訴人の主張は、いずれもその前提を欠くか、理由のないものであって、採用することができない。

二  したがって、控訴人の詐害行為取消権の代位行使に基づく請求を棄却した原判決は失当であるからこれを取り消し、控訴人の請求を認容することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一 江口とし子)

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